新民法545条1項(解除前の第三者)(4)予備的抗弁説

新民法545条 当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。
2 前項本文の場合において、金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならない。
3 第一項本文の場合において、金銭以外の物を返還するときは、その受領の時以後に生じた果実をも返還しなければならない。
4 解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。



XがAに対して土地を売却したが、代金未払いにより売買契約を解除したものの、既に、同土地は、Aから事情を知らない第三者Yへと転売されていたため、XがYを被告として、土地の明け渡しをもとめたという事案のBDは、以下のとおりである(権利保護要件説に立ったうえで、解除前の第三者の主張を再々抗弁とする場合。BDの簡素化のため解除後の第三者BDとの統合前の状態で当面は検討をする)。



これに対して、「再々抗弁は、以下の要件を満たすものであるところ、『解除前の第三者』の主張は、要件3.を満たさないので、再々抗弁足りえない。」とする見解もある。

  1. 再抗弁と両立し
  2. 再抗弁による法的効果を阻害(障害、消滅または阻止)し
  3. 抗弁から発生する法律効果を復活させる機能をもつもの

この点、要件3. を再々抗弁の定義に含めるべき意味があるのか疑問もあるが(要件2.で、再抗弁による法的効果[即ち抗弁の法的効果の阻害効果]を阻害する性質を持つ結果、抗弁による法的効果が残存することになるので、要件3. は定義のための独立要件としては不要)、仮に、そのような見解に立ったとすると、「解除前の第三者」の事実を、どの箇所の要件事実として検討すべきかが次に問題となる。

ここで、「解除前の第三者(Y)は、民法545条1項但書の法定の効果として、解除権者(X)から直接に所有権を取得する旨を定めたものである」との見解に立てば、「解除前の第三者」の主張は、Xのもと所有等を要素とする請求原因と両立し、かつ、同請求原因によって生ずる法的効果(口頭弁論終結時のXの甲土地所有権に基づく物権的請求権)を阻害する機能を有するから、抗弁として機能することになる。この場合のBDは、以下のようになる(選択的抗弁説)。



同BDでは、抗弁が2つあるが、両抗弁は選択的主張の関係にある。
ここで、両抗弁では同じ要素が存在している。すなわち、緑色の「XがAに甲土地を売却」との事実は、両抗弁に共通の要素となっている。
このため、抗弁「所有権喪失」から見れば、抗弁「解除前の第三者」は、本来、「XがAに甲土地を売却」という事実のみで、請求原因の法的効果を阻害するに充分であるのに、過剰な事実を含んだ無駄な主張のようにも見える(いわゆる\(a+b\)の構造。必要な事実\(a\)に過剰で無駄な事実\(b\)が加えられた事実主張となっている場面を言う)。もっとも、抗弁「解除前の第三者」は、実体法の解釈として、独立の法的効果(XからYへの所有権移転によるX所有権の喪失)を生んでいると解すべきとの立場からは、この抗弁も独立に存在させるべき意義があることになる。

もっとも、そうは言っても、抗弁「所有権喪失」が再抗弁「売買契約の解除」により、抗弁の法的効果を阻害された以後になって、はじめて、抗弁「解除前の第三者」は意味を持つ関係にあるから、それまでは同抗弁は予備的な主張に留まる、との見解もありうる。同見解では、抗弁「所有権喪失」、再抗弁「売買契約の解除」に続いて、抗弁「解除前の第三者」が現れることになる。この関係をBDに示せば、以下のようになる(予備的抗弁説)。




なお、議論の簡素化のために、解除後の第三者BDとの統合前の状態で当面は検討をしてきたが、ここで解除後の第三者BDとの統合をすると、上記一連のBDのうち、「上記買受は、Xの解除に先立つ」との部分が消失する(表題も「解除前の第三者」から「解除の第三者」へと変更)。

また、統合後は、対抗要件欠缺の再々抗弁が新たに上記BDに追加される。これについても、再々抗弁にとどまるとする見解、選択的抗弁となるとする見解、予備的抗弁にせりあがるとする見解が論理的にはありうる。

これらすべての場合を場合分けして各々のBDを図解することも可能であるが、後述するとおり、議論の実益に鑑み、省略をする。

このように、権利保護要件説に立った場合でも、「解除前の第三者」(解除後の第三者との統合後は、「解除の第三者」)、解除後の第三者に特有の「対抗要件欠缺」については、その要件事実上の位置づけについては、複数の考え方がありうるところである。

ししながら、かかる見解の対立に、どのような実益があるのかという問題がある。
具体的には、以下の点に照らして、疑義がある。
  • 口頭弁論終結時における各事実の認否状態(否認された場合はその立証状態)が同一の場合、いずれの説でも、同じ結論(主文)が出る。
  • 訴訟物は、いずれの説でも、「Xの甲土地所有権に基づく返還請求権としてのXのYに対する土地明渡請求権」という点で同じである。既判力もこの訴訟物の存否について生ずるから、3説の攻撃防御方法の違いは、後訴に差を生じない。
  • BDの要素に注意して審理順序を工夫すれば、選択的抗弁説でも、無駄を生じやすい審理順序(例えば「解除前の第三者」を先行的に調べた後に、「所有権喪失」や「売買契約の解除」を調べる審理順序)は排除できる。

なお、同様の議論は、対抗関係説に立った場合でも存在している。すなわち、対抗関係説に立った場合、解除前の第三者と解除後の第三者とをもともと同一の再々抗弁で一括して扱う枠組みのため、以下のような統合されたBDとなっている(注:図では省略されているが、対抗要件欠缺の再々抗弁に対して、再々々抗弁として、Xが対抗要件を具備したとの事実がある)。



ここで、上記と同様の議論により(選択的抗弁説は省略)、再々抗弁を、予備的抗弁に位置づけることにすると、BDは、以下のようになる。



これは、抗弁「所有権喪失」が、再抗弁「売買契約の解除」により、抗弁の法的効果を阻害された以後になって、はじめて、抗弁「対抗要件具備」や抗弁「対抗要件欠缺」が意味を持つ関係にあり、それまでは同抗弁らは予備的な主張に留まるという趣旨を表したものである。

なお、予備的抗弁「対抗要件欠缺」に対しては、それと両立する事実として、その後、Xが対抗要件を具備したという事実が、同予備的抗弁の効果を阻害する機能を営むので、再々抗弁となる。予備的抗弁「対抗要件具備」と同じ表題であるが、指し示す事実は、予備的抗弁の方は、Yが所有権移転登記を得たというものであるの対して、予備的抗弁「対抗要件欠缺」に対する再々抗弁の方は、Xが所有権移転登記(またはAへの所有権移転登記の抹消登記)を得たというものであり、両者は内容が異なる。この観点からは、予備的抗弁「対抗要件具備」を「Y対抗要件具備によるX所有権喪失」と改題しても構わない。

また、本設例のような不動産の案件の場合、Yが所有権移転登記を得れば、Xがこれに先立って対抗要件を具備したという事象は生じえないので、その旨の再抗弁は存在しない。

このように、対抗要件説に立った場合でも、「解除前の第三者」の要件事実上の位置づけについては、複数の考え方がありうる。


(参考文献)
・加藤新太郎・細野敦「要件事実の考え方と実務」(第3版)民事法研究会79頁
・司法研修所編「改訂 紛争類型別の要件事実」法曹会120~121頁