新民法542条1項5号(賃貸借契約終了[履行不能])

新民法542条 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の解除をすることができる。
一 債務の全部の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三 債務の一部の履行が不能である場合又は債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき。
四 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、債務者が履行をしないでその時期を経過したとき。
五 前各号に掲げる場合のほか、債務者がその債務の履行をせず、債権者が前条の催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき。
2 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の一部の解除をすることができる。
一 債務の一部の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。

新民法601条 賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。



建物の賃借人Yがその責に帰すべき事由によって賃借建物に火災を発生させ、焼燬したとして、賃貸人Xが、催告を経ないで賃貸借契約を解除して、建物の明け渡しをYに求めた事案(最判昭和47年2月18日民集26巻1号63頁と同様事案)を考えてみる。

新民法601条によれば、賃貸借契約終了を原因とする建物明渡請求では、以下の請求原因が必要となる。



ここで、賃貸借契約の終了原因としては、
  • 期間満了
  • 解約申し入れ
  • 債務不履行解除
といった具体的な終了原因を記載することになる。

本件では、新民法542条1項5号の要件(賃借人の債務不履行、催告をしても履行見込みなし、解除の意思表示)に該当する具体的な事実を記載してみる。



上記BDでは、既に火災により建物の一部が罹災したというXの言い分を踏まえ、建物を正常に使用する義務の違反は催告をしても履行見込みが薄い場合にあたると考え、これを請求原因に記載した。

他方、Yの言い分はどのように位置づけるか。例えば、焼損部分が僅少で建物の残存部分がまだ使用できたり、過失の態様が小さい等といった事情があれば、これは、催告をすることで、以後、契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みが出てくるとも言える。このような事情を、どの箇所に位置づけるべきか。

この点、改正前民法にかかる前掲最判昭和47年2月18日は、以下のように判示しており、新民法でも参考となる。

「過失の態様および焼燬の程度が極めて軽微である等特段の事情のないかぎり、その責に帰すべき事由により火災を発生せしめたこと自体によって賃貸借契約の基礎をなす賃貸人と賃借人との間の信頼関係に破綻を生ぜしめるにいたるものというべく、しかして、このような場合、賃貸人が賃貸借契約を解除しようとするに際し、その前提として催告を必要であるとするのは事柄の性質上相当でなく、焼燬の程度が大で原状回復が困難であるときには無意味でさえあるから、賃貸人は催告を経ることなく契約を解除することができるものと解すべきである。」

同判例では、「過失の態様および焼燬の程度が極めて軽微である等特段の事情」の存在を別途審理の対象とする枠組みを提示しており、新民法でも、同様の判断枠組みが採用されると解する。

これを、上記BDに位置づけると、過失の態様が極めて軽微、焼損の程度が極めて軽微といったことを示す事実は、「本件建物の一部が、Yの従業員の失火で罹災した」との事実と両立し、かつ、請求原因(無催告による解除)を阻害する主張となりうる。そこで、これを抗弁に位置づけることが考えられる。この場合、BDは、以下のとおりとなる。



ここで、抗弁の各要素が連結されて一つの抗弁になっているのは、上記4事情すべてが充足されてはじめて、特段の事情として機能し、無催告解除の有効性を覆滅し得ると考えるとの法的評価を前提としている。

仮に、この4事情がすべて充足されても、なお、特段の事情ありとまでは言えない、との法的評価に立つ場合は、この抗弁は失当であるということになる(その場合、抗弁として機能するに至るまで他の要素を追加する必要がある)。

また、ある事情については、そもそも特段の事情の構成要素と評価できないとされることもありうる。例えば、「Yはこれまで賃料の支払いを遅滞したことがない」との事実は、建物火災という信頼関係破壊事案では、およそ特段の事情足りえないとの法的評価に立てば、同事実は、抗弁の要素として失当であり、BDには記載されないことになる。

逆に、この4事情のうち、特定の1事情、あるいは2事情があるだけで、無催告解除の有効性を覆滅し得る特段の事情として評価できるとの法的評価に立つ場合は、その要素のみで独立の抗弁を構成することになる。例えば、過失の軽微性、焼損の軽微性が、それぞれ単独でも、無催告解除の有効性を覆滅し得る特段の事情として評価できるとの法的評価に立つ場合は、以下のような、選択的抗弁の構造を示すBDとなる。



以上は、条文の解釈として判例が示す要件(改正前民法にかかる判例であるが、新民法でも同様に妥当すると解す)である「賃貸借契約の基礎をなす賃貸人と賃借人との間の信頼関係の破綻」という抽象的な規範的要件を、具体的事実に分解して、その評価を基礎づける事実と、その評価を障害する事実とに区分して、主張立証責任を配分するという考え方に立った場合の整理である。


これに対して、伝統的見解として、「賃貸借契約の基礎をなす賃貸人と賃借人との間の信頼関係の破綻」なる法律要件を請求原因たる主要事実として考える見解もある。同見解では、同主要事実を推認させたり、推認を阻害したりする以下の具体的事実は、間接事実(自白拘束力なし、不意打ち認定恐れあり)として審理すれば足りることになる。

  +事情: Y従業員の失火で建物が罹災
  -事情: Yが火災予防措置、Yが消火に尽力、焼損程度は軽微

同見解に従えば、BD上、抗弁は消えて、以下のとおり、請求原因に集約される。



この場合、一般的には、上記の+事情は、信頼関係破綻という主要事実を推認させる間接事実となり、-事情は、同主要事実の推認を阻害する間接事実となる。




もっとも、裁判例が「特段の事情のない限り」という場合、+の間接事実の推認力が極度に強く、主要事実についての心証が一挙に証明度に達しており、相手方が推定を覆すために、特段の事情を-の間接事実として証明しない限り、主要事実が認められてしまう構造を示していることが多い。これをイメージ化すると、以下のとおりである。




この場合の-事情による反証行為は、間接事実による反証がポイントになることから、「間接反証」と略称されている。

(参考文献)
伊藤滋夫編著「新民法(債権関係)の要件事実Ⅱ」青林書院409~410頁