新民法541条(売買代金請求に対する催告解除抗弁)

新民法541条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。

新民法412条 債務の履行について確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来した時から遅滞の責任を負う。
2 債務の履行について不確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来した後に履行の請求を受けた時又はその期限の到来したことを知った時のいずれか早い時から遅滞の責任を負う。
3 債務の履行について期限を定めなかったときは、債務者は、履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う。

新民法555条 売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる



売主Xが売買代金500万円を請求したのに対し、買主Yが売買目的物の一部が納品されていないとして、新民法541条による催告による契約解除を抗弁として出して、請求を争っている事案を考える。この場合の請求原因は新民法555条により、また、抗弁等は新民法541条の文言をそのまま採用すると、以下の通りに仮置きできる。



この点、抗弁の各要素については、以下のような調整が必要である。

  • 「Xがねじ100本の引渡をしなかった」→消極的事実を立証させるよりは、積極的事実を立証させる方が立証の公平の観点から適当であるから、反対事象「Xがねじ100本を引き渡した」を再抗弁へ。但し、時間軸上の前後関係から、後述の「Xがねじ100本を催告から相当期間内に引き渡した(又はその提供)」に包含されるので、独立の再抗弁としては現れない。
  • 履行遅滞に陥れるための履行の請求(民法412条3項[請求原因に期限の定めは現れていないので3項が適用になる])は、解除のための催告(民法541条)と兼ねて良いから(改正前民法下での大判大正6年6月27日民録23巻1153頁。新民法でも同様に解す)、別途、「履行の請求」は抗弁の要素として現れない。
  • 「YはXに対し、ねじ100本を引き渡すよう催告した」→このままでよい。上述のとおり、履行遅滞に陥れるための履行の請求(民法412条3項)と兼ねる。
  • 「同催告では催告期間として20日を定めた」→相当期間を催告で定めずとも、催告から相当期間が経過すれば解除できる(改正前民法下での最判昭和29年12月21日民集8巻12号2211頁。新民法でも同様に解す)ので、抗弁の要素として不要。他方で、同判例に従い、「催告から相当期間が経過した」を抗弁の要素として加える。
  • 「催告期間内にXはねじ100本を引き渡さなかった」→上述理由により、反対事象「Xがねじ100本を催告から相当期間内に引き渡した」を再抗弁へ。但し、催告後相当期間が経過しても、債務の履行の提供があれば解除権が消滅するとの理解から、「Xがねじ100本を催告から相当期間内に引き渡した(又はその提供)」が再抗弁となる。
  • 双方の給付が同時履行の関係にある場合、反対給付の提供をしないでした催告に基づく契約解除は効力を生じない(改正前民法下での最判昭和29年7月27日民集8巻7号1455頁。新民法でも同様に解す)ので、「(催告前に)Yは50万円の弁済の提供をした」を抗弁の要素に加える。

この結果、請求原因等は以下のように修正される(抗弁の各要素の上下の順序は、時的な前後関係を表しているものとする。即ち、Y50万円弁済提供→Yねじ引渡催告→20日間経過→解除意思表示)。




しかし、同ブロック・ダイアグラム(BD)を観察すると、請求原因と抗弁を見るだけで、既に、催告解除の理由としている、ねじの引渡未了分が、100本/5000本=2% と契約全体からみて軽微であることが現れてしまっている。このため、請求原因と抗弁の事実関係に法律を適用すると、再抗弁(履行の提供)の当否を判断するまでもなく、請求認容となってしまう。すなわち、抗弁が本来あるべき効果(請求原因の効果を阻害)を発揮しない状態(失当な抗弁)となっている。

これを解決して、抗弁の効果を生ずるようにするためには、本来、再々抗弁(これは再抗弁「軽微な不履行」の効果を阻害する)に位置すべき「軽微な不履行の評価障害事実(例:ねじ5000本は、本件工作機械の部品として全て不可欠であり、100本はその一部である)」を抗弁内の要素に加える必要がある。そのようにBDを修正をすると、以下のとおりになる。



これにより、抗弁の失当は免れた。

なお、再抗弁「軽微な不履行」は既に抗弁「催告解除」に現れている事象であるから、再抗弁としては不要である。また、抗弁の要素に組み入れられた「軽微な不履行の評価障害事実」(黄色部分)は、元来、再々抗弁に位置すべきものであり、その効果は、「軽微な不履行の評価根拠事実」の効果を阻害するに充分な筈のものであるから、これが抗弁の要素に組み入れられた以上、今度は、再抗弁「軽微な不履行」が、抗弁の効果を阻害することができなくなり、この観点からも、再抗弁「軽微な不履行」は失当なものとし、削除すべきである。これを踏まえると、BDは、結局、以下のように整理されることになる。




 (参考文献)
・伊藤滋夫編著「新民法(債権関係)の要件事実Ⅱ」青林書院406頁、384頁